目が覚めると、そこには見たことのない天井があった。


「…あれ?なに、ここ…どこ? ど、どこだっ!?」
寝ぼけていた頭も、異変に気づいて一瞬で覚めた。この部屋は、僕の知らない部屋だ。しかもただ知らないってだけじゃなく、明らかに色々と違う。部屋の造りはもちろんのこと、置いてある家具や花瓶の花…そのどれもが、僕の知ってる日本のそれとは違う。

「がい…こく…?」

口に出してはみたけど、冷静に考えたらそれが間違いなのはすぐにわかった。僕の家には海外旅行の計画とか全然無かったし、そもそも僕はパスポートすら持っていない。いきなり外国にいるとかありえないんだ。
となれば答えは二択。一つはありきたりだけど『夢』。もう一つは、僕の望んでいた…僕が夢見てやまなかった…!

ガンッ!

こういう時のお約束。ほっぺたをつねるだけじゃイマイチだと思った僕は、手に取った花瓶で自分の頭を思いっきり殴ってみた。これだけやれば、夢かどうかなんて一発でわかるはず。
変に期待して夢の中で傷つくなんて、僕は御免だった。



「ハ…ハハハ…そうか、そうなんだ…。」


なんだ、やっぱりそうか…。

うん、間違いない…。


痛い…!!

 



第一章

〜迷い込んだ世界〜


 

ベッドに腰掛け、僕は冷静に、今の自分の状況を考えてみることにした。

頭は今も死ぬほど痛いけど、こんな非現実的な状況…普通に考えたら夢なんだろう。でもそう思えるからこそ、そう冷静に考えてしまえるからこそ、やっぱり夢じゃない気がするんだ。
だってこれまで、どんなにおかしな夢でも、その中で「これって夢かも…」とか考えたことって不思議と無かった。だからこんなに冷静に色々考えられることが、逆におかしく感じられ…というか、ぶっちゃけ夢であってほしくないので、その線は敢えて考えないことにして楽しもう。

どうせ夢なら、せめて楽しい夢がいい。


道端で出会った不思議な老人、図書案で再会した不思議な本、そしてこの不思議な世界…。これらの情報と、これまで数々の勇者本から学んだファンタジーな展開から総合して考えると、導き出される結論はこうだ。

僕は今、『本の中の世界』にいる。

うん、これだ。これが一番それっぽい。
あの本は何か不思議な力がある本で、13歳の少年が読んだらその世界に導かれる。あのお爺さんは…この世界の案内人ってとこかな?
そして、そうなるとやっぱり僕は…僕は…


「勇者様ー!勇者様ぁーー!!」


扉を開けて、誰かが部屋に入ってきた。
そしてその人は僕に、他でもない僕に向かってこう言ったんだ。



「我が名は、『ベラス』!!」


え゛ぇえええええっ!?

 

 

やって来たのは、村人とかじゃなく見るからに人間じゃない生き物…ベラスと名乗ってるからにはきっとベラスなんだろう。え、でもなんで…!?

「ゆ、勇者様…!お逃げください、いきなりベラスの軍勢がってウワォ!」
後から入ってきた、この緊迫した空気に似合わないテンションの村人のおかげで、状況はすぐに把握できた。どうやら村はベラスの強襲にあったらしい。

…いや、違う。僕は知っていた。僕はこうなることを…倒しに行くはずの敵が逆に村に現れるっていうこの展開を、こうなる前から知っていたんだ。なぜなら『あの本』に、そう書いてあったから…。


魔人ベラスは、物語の中盤少し前あたりに現れる敵。村を支配したりして迷惑をかける、例のよくあるパターンの奴だった。強さも大したことなくて、名を上げるために勇者を倒そうと村までやってきて、逆に返り討ちにされる。

そんな敵が今目の前にいる。そして状況からしてここは僕の部屋…やっぱり今は、僕が『勇者』なんだ。あの物語の続きを、僕が演じてくって流れになってるに違いない。

となると、今の僕が言うべきセリフは一つ…

「表へ出ろ魔人。貴様の墓にしちゃ、この部屋は狭すぎる。」


大好きだった勇者のセリフ。すると魔人はニヤリと笑い、こう返す…。
『フッ、さすがは最強と謳われし勇者よ。面白い、その力…見せてみよ!』
少し違うかもしれないけど、雰囲気的には確かこんな感じだったと思う。僕の憧れた勇者は、その強さゆえ魔人にさえも一目置かれる…そんな存在だったんだ。



「あんだとクソガキがああああ!?」


え゛ぇえええええっ!?

 

 

何かが違った―――。


村の噴水広場の前で、僕とベラスは対峙していた。ここはいい、この状況はわかるんだ、話の通りだから。でもベラスの態度や村人から感じる期待感みたいなものが、なぜだか本のそれとは違う気がするんだ。

「聞いてた話と違うな…。貴様のような小僧が、あの噂の勇者だと…?」
「お、おい、なんか今日の勇者様…いつもと違わないか?なんか…」
「ああ…なんというか、弱々しい…よなぁ?」

とっても評判が悪かった。
どうやらみんな、僕が勇者だとは認識できてるけど、印象みたいなのは僕の…中学生の僕自身のものを、そのまま感じてしまってるっぽい。そんな空気を痛いほど感じる。

でもまぁいいや、失った信用は取り戻せばいいさ。

「さぁ来い魔人!自ら死地へと赴いたこと、地獄で後悔するがいい!」
また僕は、本の勇者と同じように振舞った。彼ほど完璧にやれるかはわからないけど、僕は僕で剣の達人…こんな雑魚キャラに負ける気は更々無かった。心配どころか、もうワクワクして仕方が無かった。

僕なら十二分に闘える。いや、余裕で勝てるに違いない。


「行くぞぉー!魔人、ベラスーーー!!」


――――そう、思っていたんだ。



「遅ぇ…遅すぎるわぁ。」

「えっ……?」


「テメェが、死ねぇええええええええええ!!」



体が宙を舞った。


「うわぁあああああああっ!!」

アバラの折れる、音がした。


かはぁっ! あ゛っ…あ゛ぁっ…!!」

口いっぱいに…鉄の臭みが広がった。


「ぐっ…う゛ぇえええええええええっ!!」

「ギャハハハハ!弱ぇ…弱すぎる!これが『勇者』だってのかぁオイ!!?」

「ぐはぁっ!! うぅ…う、腕が…!腕が…折れ…!!」

「腕だぁ?腕がどうしたってぇ!? オラァアアアアアア!!」


うがぁああああああああああああああああああああ!!!



次元が…違った。




い、痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い…!怖い、死にたくない!怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃいいいいいい!!


「やだぁああああああああ!!じ、死に…死にたぐない…
まだぁ死にだぐないよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「フン、情けねぇ……雑魚が。」






バシュッ!!



焼けるような痛みが、背筋を駆け抜け…………僕は死ん

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