小さい頃から、『勇者』になるのが夢だった。
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僕は13歳の中学男子、名前は『民生(たみお)』。 平『民』の『生』まれと書いて民生…僕はこの名前がとっても嫌いだ。 僕の父さんは、傍から『変人』と呼ばれるタイプの人間だった。世界中を飛び回り、家にもロクに戻らず修行に明け暮れるような剣術バカ。 「男は常に『勇者』であれ!」が口癖の浮世離れした思考の父さんは、子供の目から見てもまともじゃなかったけど、誰の目から見ても強かった。もし公式の試合とかに出てたなら、絶対名を残したに違いない。(いろんな意味で) あと僕には、五つ歳の離れた兄がいた。兄さんの名は『英雄(ひでお)』。 もう見るだけで、父さんがどちらに何を想ったかが伝わってくるようで、僕は嫌だった。 なんだよ『英雄』と『平民』って…。まるで僕が出涸らしみたいじゃないか。 …ふぅ〜ダメだダメだ。ちょっと回想モードに入ると、ついこんなことばかり考えちゃう。別にいいじゃないか名前なんて。兄さんは兄さんだし、僕は僕だ。 「よっ!ヘーミン♪こっち向〜いぶべっ!」 渾身の右ストレートを振りぬくと、そこにはいつもの見慣れた姿で親友が転がっていた。彼の名は『憲次(けんじ)』、幼稚園時代からの腐れ縁だ。 「くっ…相変わらずいいパンチだぜ。どうだ少年、ワシと一緒に世界を狙わんか?」 「いや、世界よりお前の命を狙いたいな。ホレ、両手を挙げて三歩下がれ。」 「なにっ!?ま、待つんだ!話せばわかる!話せばわかるよ!」 「ピパプペポプ、ポピュッパ!」 「いやゴメンわっかんない!わかんないけど許してよヘーミ〜ン!」 「だからヘーミン言うなって何度言わせりゃわかんのさ!今度その名で呼ぼうが呼ぶまいがブン殴るからな!」 「えっ、結局ブン殴るの!?ぶふっ!」 これが僕らのいつも通り。こんないつも通りのやりとりが、きっといつまでも続いていくんだろう。…いや、何が起きるかわからない世の中だから、絶対とは言えないけど。 「で、何の用さ?お前がこんな感じで寄ってくる時は、決まって何かある時じゃん。」 「おぉ、さすがは親友!そう察しがいいとなると話は早い!」 「断る。」 「早くね!?話が早すぎね!?」 聞くまでもない。憲次がこんな感じの時は、大抵『剣道』の試合が近い時。小学校の頃から、コイツは執拗に僕を剣道部に勧誘してくるんだ。 「な?いいじゃん入ろうぜ剣道部!お前の腕なら絶対ソッコーでレギュラーだって!全国も夢じゃねーってマジで!」 確かに僕は、小さい頃から剣の鍛錬を積んではいる。でも、それは…。 「ごめん。悪いけど、僕のは『剣道』じゃないから。僕の剣は『勇者流殺人剣』だって言ってるだろ?」 「いや、だから自称とはいえ『勇者』が殺人剣を振るうなって俺も何度も言ってんじゃん。そこは『魔王』に任しとけってば。」 「それに我流だしね。ルールに則ったら勝てる自信は無いな。」 ホントは違った。僕には自信があった。中学の部活レベルの試合ごときで、この僕が負けるはずなんて無いと思っていた。だからやる気なんて起きるはずが無かったんだ。 「ま、諦めて急ごうよ。のんびりしてたら遅刻しちゃうよ。」 そう言って学校の方へ向き直ると、道端になにやら占い師っぽい人が座っていた。でもおかしいな、さっきまで居なかったような気がするんだけど…。 「ん?どうしたよヘーミン…って、うわ…なんか見るからに怪しいジジイがいんじゃん。」 「ちょっ、声がデカいってバカ…!」 空気の読めない憲次のせいで気まずくなったので、僕は逃げるように…というか逃げることにした。 「まぁお待ちなさい少年。どうかね、一度私に占わせてもらえんかね?」 しかし周りを囲まれてしまった。 「え〜?いや、でも金取るんだろ?悪いけどもう今月、俺の夏目さんは全員行方不明だぜ?」 「あ〜いやいや、お代は結構。ただのジジイの道楽だし、タダでいいよ。」 「あ、マジで!?おいヘーミン、タダだってよ!じゃあやってこうぜ、面白そうじゃん!な?」 あー…バカ憲次の奴、無視すればいいのに食いついちゃったよ…。これじゃもうなんか逃げづらいじゃないか。こうなったら仕方ない、頃合いを見計らってさりげなく退散するしかないだろう。 「じゃあまずは…うん。 貴方の父親は、亡くなっていませんね?」 「おぉ!うんうん当たってる!父ちゃんまだ生きてる!って、まぁ確率2分の1だしこの程度じゃまだ信用しないけどね。油断すんなよ爺さん!」 うわぁ、くだらない…。こんな子供騙し…これだから占いって嫌いなんだ。今の質問、実際生きてる場合は「(まだ)亡くなっていません、ね?」、死んでる場合は「亡くなって、(もうこの世に)いませんね?」と説明することで、事実がどうあれ正解にされる詐欺師の常套句だと、前にテレビで言っていた。あとは適当に、誰にでも当てはまるような質問で次第に自分を信用させ、最終的に「三年後に運命の出会いが!」みたいな、外れてもその頃には覚えていないような占いで締めるとか聞いた。 まぁ憲次みたいなバカになら通じるだろうけど、僕はそこまでバカじゃない。 「なぁヘーミン、お前も占ってもらえよ。結構当たってるぜこの爺さんの。」 「いや…僕はいいよ。特に占って欲しいことも無いしね。というか、いい加減行かないと遅刻しちゃ…あ゛。」 そうだ、『遅刻』…こんな正当性と説得力のある言い訳を忘れてるなんて、僕もバカだった…。最初からそう言って逃げれば良かったんだ。はぁ〜…。 「というわけで、僕ら急ぐんで!さよならお爺さん!」 そう言って僕が逃げようとすると、占い師のお爺さんは何か少し考えた後、こう言った。 「では最後にもう一つだけ。キミのお父さんも…亡くなっていないね?」 あぁ、やっぱ所詮は趣味の占いか。「も」って言っちゃったらさっきの手は通じないのに…。もうなんか面倒になってきた、気を使うのやめようかな。 「残念だけど、それは僕にもわからないんだ。父さんもう何年も行方不明だし。だからその手は僕には通じないよ、じゃあね!」 「いや…生きているよ。」 「え…?」 思わぬ一言に、僕は立ち止まり振り返ってしまった。 「キミの父親は生きている。もし会いたいなら…これを持っていくがいい。」 そう言うと占い師は、一枚の紙を僕に手渡した。 「これは…『栞(しおり)』…?」 それは透き通るように白く、薄っすらと神々しい光を放っているような、そんな不思議な栞だった。 「然るべき者の手にあり、そして然るべき場所へ還る…。その栞がキミの道標…夢への導き手となろう。」 フザけてる。人が「行方不明」だって言ったのをいいことに、知ったような口で適当なことを言うなんて人をバカにしすぎだ。おまけに妙な栞は渡すわ意味不明なこと言い出すわ、全然理解できない。不愉快だ。 「要らない!そんなもん要らねーよバカにしやがって! 行くぞ憲次!」 「えっ!?お、オイなに怒ってんだよヘーミン!?待てって!」 もう何を言われても立ち止まらない。こんな嫌な思いをしてまで、年寄りの暇潰しに付き合ってやる義理は無いんだ。
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放課後。僕は、町の外れにある図書館に来ていた。 もっと子供の頃は毎日のように来ていたけど、最近は体を鍛える方を優先していたからかなりのご無沙汰。朝にもらった栞のせいでなんとなく本が読みたくなったから、フラッと寄ってみただけだった。 この図書館は、蔵書は多いけど新刊があまり入らないせいでか、かなり寂れている。もうなんで運営できているのかわからないくらいガラガラ。 かなり古い歴史的な建物らしいから、そういう意味で遺されているのかもしれない。人が住まないと家は早く傷むって聞くし、だからついでに運営も…?よくわからないけど、まぁいいや大人の事情なんて。適当に何冊か見てみて、いいのがあったら借りて帰ることにしよう。 それから一時間ほど探した。でもやっぱりダメだ、ここの勇者本はもう全部読み終えていて、全然増えていなかった。 しょうがないから諦めて帰ろうとしたその時、ある一冊の本が目に留まった。 「あ…まだあったんだ、この本…。」 懐かしい背表紙を見かけ、僕が思わず手に取ってしまったその本は、どこもかすれてしまってタイトルもわからない程、古ぼけた本。しかもなぜか他のどこにも書かれていなかったので、僕はこの本が何て本なのか今も知らない。 それだけでも妙なんだけど、もっとおかしなのは、なんというかこの本…とても、リアルなんだ。特に戦闘シーンなんか、読んでるコッチまで痛くなりそうなほど鬼気迫るというか、生々しいというか、人が書いたとは思えない…何か、特異なものを感じさせた。 けど…だけど何よりも印象深かったのは、その結末。ラストシーンだった。 凄まじく強く、優しかった主人公…僕が憧れすら抱いたその勇者は、ある日…まるで人が変わったかのように弱く臆病になり、そしてそのすぐ後…名も書かれていない雑兵に、あっけなく殺されてるんだ。 まぁその後魔法か何かで復活するとか、復讐を誓った別の誰かが魔王を倒すって話なら無しではないんだけど、そんなことも一切無く、何のフォローもないまま、物語は魔王が世界を滅ぼして、そのまま終わっている。斬新と言って済ますには余りある作品だった。 お気に入りの本だったけど、前に読んだのはもう何年前だろうか。そんな懐かしさを感じながらペラペラとめくっていると、つい巻末のページに目が留まってしまった。 「2003年…2月16日…か。」 わかってる。ただ単に、ただ同じ日だってだけだ。でもやっぱり『あの日』を思い出すのは、まだ…。 あれから、もう一年か…。
まったく別の話になってる―――。 適当にページをめくっただけで、それはハッキリと伝わってきた。一瞬良く似た別の作品なのかとも考えたけど、本の作りや序盤の話の一致から考えてそれは無さそうだ。 |
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