21
結局、紫苑ちゃんに色々案内してもらったのだが、各所で結構のんびりしたので全部は見切れていない。けどまぁ大体は把握できたので良しとするか。知らない方が良さそうな施設もあったしな…。
そして夜。夕食も済ませて部屋でグータラしていると、寮内放送らしきものが流れた。なんとなく嫌な予感がするが、多分はずれていないと思うあたりヤバい。
放送「あー、テステス。みんな聞こえてるー?って、返事されても僕聞こえねぇし!とまぁそんなわけで、聞こえてる体で続けよっか。」
モテ王「えっ、えっ、なんスかこれ!?てか誰ッスか…?」
流星「あー、うちの寮の職員は寮母のフジコちゃんだけど、できるだけ学生が管理する運用になっててな、学生に『寮長』と『副寮長』が任されるんだわ。この声は副の三年、『桜庭順平(サクラバジュンペイ)』さん。内容は…まぁ聞いてりゃわかるさ。」
翔太「いや、その前にあのババアが『フジコちゃん』とかなんかスゲェ不快なんスけど。」
放送「今日は新一年生の記念すべき入寮日…“例のイベント”の日だっつーのは、二・三年生はご存知だよね。え?何の日かって?フッ、そんなもん…E棟恒例、『新入生歓迎イベント』に、決まってんだろうがぁあああああ!ひゃっほーーーぃ!!」
モテ王「おぉおおお!新歓!?いいじゃんなんか楽しそうじゃん!なぁ翔太っち!?」
翔太「そうか、なんか凄まじく嫌な予感がするのは俺だけか。」
放送「ちなみに今回のテーマは“リベンジ”…そう、昨年惨敗に終わった、“アレ”に再挑戦することになるのさ!」
流星「チッ、やはりか…!やはりまた、“アレ”に挑むってのか…!」
放送「今から10分後、全員玄関前に集合するように。目標は…“女子風呂”だ。」
大事件の予感が。

 

22
寮内放送から10分後。玄関前には大勢の野郎どもが集っていた。是非ともご遠慮したかった俺ではあったが、最初のイベントだけに拒否るとその後の立ち位置が悪くなりそうなので、仕方なく覚悟を決めたのだった。
〜男子寮E棟:玄関前〜
モテ王「おぉ、結構いるな〜。やっぱ男だしな!燃えるよな、女湯とか!!」
翔太「でも120人はいないよな?いいとこ7割って感じだ。全員参加必須ってわけじゃないのか…?」
流星「ま、変人の多い寮だしな。滅多に姿を見せねぇ奴もいる。それに…去年はあんなことがあったしな…。」
翔太「…どんな系統の事態になったか想像はつくんスけど、結局…何人がどうなんったんスか?つまるところ、何人が“懲罰房”のお世話に…?」
モテ王「えっ、え、なにそれ怖い!そんなんあんの!?」
流星「そうか、もうあの部屋の存在を…。けど安心しろよ、あの件で投獄された奴は、たった4人しかいねぇよ。」
翔太「感覚狂っちゃう気持ちはわかるけど、それはそれで大事ッスよね…?」
男子「さーて、揃ったかな野郎ども?僕が今回のリーダーを務める、副寮長の桜庭順平だよ。よろしく頼むぜぇええええええええええ!!」
翔太「なるほど、捕まったらその名をゲロればいいと。」
順平「いやいやいや!そーゆー意味じゃねぇよ!随分おっかねぇこと言う奴がいるじゃんか、新人かな?名ぁ名乗りな!」
翔太「フッ、俺ッスか?俺は…」
わかると思うので割愛します。

 

23
玄関前に集まった約80名に対し、ハイテンションで檄を飛ばす副寮長。最初は不安がっていた寮生達だったが、段々乗せられてきた感じだ。さすが副寮長とでも言うべきか、それなりのカリスマ性を備えているようだ。
少年A「あ、先輩!えっと、質問なんですがー、なんで新歓イベントがこんな荒行なんですかー?普通はバーベキューとかそんなのかと…。」
順平「おっと、僕としたことが気が利かなかったね。確かに言っておいてやるべきだろう…。お前、この学園の方針は知ってるよね?要は“好きな奴と結ばれれば人生勝ち組”てやつね?でも本当はもう一つ…いや、それを包括する上位の発想として、“人生楽しんだもん勝ち”ってのがあると思うんだよ。どんな境遇に置かれようと、どんな逆境に置かれようと、全部楽しい方向に持ってけりゃ、そいつの人生はハッピーなわけ。わかるー?」
翔太「なるほど、つまりドMは人生バラ色だと。」
順平「だからそうじゃねーよ!またテメェか長谷川ぁ!?まぁいいや…つまりだ、僕達は楽しい人生を送るために生きてる。そしてこの高校生活ってやつは、人生の中で最も輝かしい時代になると僕は…そして先代達は考えてきたわけよ。だからこそ!まず大切なのは第一歩!初日から無茶してタガを外し、三年間ハッピーに過ごそうぜってのが、このフザけた寮のイカれたモットーなんだぁああああああああ!!」
翔太「最後にポロッと本音が出てる気もするけど…なるほど言わんとすることはわからんでもないな。面白い。でも副寮長、その目的地が女風呂ってのは何か意味が?」
順平「あん?オイオイ、無粋なこと言うじゃねーの。女風呂があったら覗く…そこに理由が必要なのか?」
モテ王「ぱ…パねぇ…!この人、マジでパねぇわ…!!」
順平「他に質問は無ぇな?じゃあ各自、この全身黒タイツと目出し帽を装着しろ!正体は絶対バレるな!?明日から何色の人生が待ってるか、それを決めるのは、テメェらだぁあああああああああ!!」
一同「お…おぉおおおおおおおおおおおおお!!」
ちょっとしたテロ集団が動き出した。

 

24
そして『浴場館』へと走り出した黒ずくめの俺達。これが学園敷地外なら、間違いなく補導されてるに違いないいでたちだと思うと、なんだかテンションが上がってきた。やはりバカなことに大勢で挑むのは燃えるものだ。
〜浴場館付近〜
順平(よーし、野郎どもここで一旦ストップだ。ここからはさっき話した通り、各部屋メンバー、4人1組で動くよ。さすがに館内をこの人数で動くのはムズいからね。“敵”は強大だ、基本的に他人を構っている余裕は無ぇものと思いな。)
モテ王(て、敵!?敵なんかいるんスか!?)
流星(そりゃそうだろ。毎年手を変え品を変え色々やってきたしな…そりゃ女子達も警戒してるだろうよ。)
翔太(フッ、女子なんかが警戒したところで…)
声「ちょっ、えっ…うわぁあああああああ!?」
突如、何組かが闇に消えた。
順平(チッ、落とし穴か…!?この距離から手を打ってきやがるとは…!仕方ねぇ、『救助班』は落ちた奴らを救い出して撤退、『特攻班』は四方に散れ!まず間違いなく、今の悲鳴で気づかれた!)
流星(よし、俺らも行くぞ!モタモタしてっと…見つかって殺される!)
翔太(こ、殺されるとか大袈裟な…えっ、マジで…!?)
流星(ああ。さっき言ったろ?投獄された奴“は”、4人しかいねぇと。)
その他の運命やいかに。

 

25
浴場館手前の草むらにあったのは、まさかの落とし穴。初日から風呂覗きに行く俺らも俺らだが、それに備えちゃう女子も相当イカれてる。聞いた感じでは相当本気でくるらしいので、さっきまでの甘えた考えはもう捨てよう。
翔太(ハァ、ハァ、ちなみに流さん、前に捕まった人達って、どうなったんスか?)
流星(それは誰に捕まったかにもよるらしいが…一番酷くやられた奴は、もうこの学園にはいないとだけ言っておこうか。)
モテ王(なぁ翔太っち、俺…この戦いが終わっ)
翔太(頼むからそんな“死亡フラグ”立てるのはヤメてくれ。同じ班の俺まで巻き込まれるだろうが。)
流星(まぁ(社会的に)死ぬくらいなら戦略的撤退も視野に入れて動くべきだが、やはり男としては英雄になりたいもんだよな。異性に好かれるのはもちろん大事だが、同性から憧れられるってのもまた捨てがたい。人生ってのはめんどくせぇもんだぜ。)
翔太(自分からわざわざめんどくさくしてる気もするけど…まぁ、わからんでもないッスね。でも…ハードル高ぇッスよね…。)
流星(ああ。まさか「ブラかパンティ持って来い」とか鬼の指令が出るとはな…。)
モテ王(お、俺、もし持って帰っ…家宝に…!!)
翔太(シッ!興奮するなモテ王!誰か来た!)
流星(あれは…『薙刀部』か。こりゃ、下手すりゃ“社会的に”どころじゃ…ねぇな。)
ホントに死ぬかもしれない。

 

26
浴場館の周りには、見回りと思われる女子どもがわんさかうごめいていて、俺達は必死に逃げて草むらに退避した。途中、何人かの同士達が捕獲される様子が視界の端に入ったが、そこはまぁ見なかったことにしよう。
翔太(ふぅ…やっと一息つけるな。って、どうしたモテ王、なんかモジモジしてね…?)
モテ王(フッ、風呂に向かいたい理由が…もう一つできたぜ。)
翔太(お前、いくらなんでも高1でチビるとか…。)
流星(とはいえ、なんとか入り口前まで来られたな。だが問題はどうやって入館するかだ。館内じゃこの格好はかえって目立ちやがる。)
モテ王(じゃ、じゃあ暗闇に紛れて外壁を登るって手は…?)
流星(それは『クライミング部』の奴らがやってるはずだ。そして例年漏れなく撃墜されると聞く。)
翔太(・・・・・・・・。)
流星(ん…?どうした翔太、やっぱビビッちまったか?お前も意外と情けな)
翔太(いや、流さん…初歩的なこと聞いてもいいッスか?)
流星(あん?なんだよ今さら逃げようとか無しだぜ?)
翔太(浴場館って、途中までは男女共同なんスよね?銭湯みたいなイメージ?)
流星(ああ。基本的には世間の銭湯と同じと思っていいぜ。それがどうした?今はそんなこと言ってる場合じゃ…)
翔太(だったら、寮から不審な行動取る必要は…無かったんじゃ?)
流星(…お?)
目出し帽からウロコが。

 

27
あれだけ人数がいて、そして何年も歴史があるだろうになぜ誰も気づかなかったのか疑問だが、どうやら俺達は最初から間違っていたらしい。まぁテンションが上がった時ほど足元が見えなくなるのは世の常ではあるが。
翔太(とはいえ、今の俺らは全身タイツに目出し帽…着替えも無ければ風呂セットも無い。一回寮に帰るしか手は無いッスね。)
流星(いいや、撤退は敗北を意味する。それはできねぇ。まぁ安心しな、そこは俺がなんとかしてやる。)
モテ王(え、何か名案でも?)
流星(フッ。俺は二年、ここに来る男子の三分の一は一年…あとはわかるな?)
翔太(人としてわかっちゃいけない気はするけど、それ名案ッスわ。)
モテ王(な、なんか二人と同室で良かったような今後が怖いような…。)
流星(だが問題はそこからだ。男子の風呂は一階、女子は二階…男子が二階に踏み入る理由が無い以上、堂々と歩けるのは一階までだ。)
翔太(えっ、階ごと違うんスか!?それってもう詰んでるんじゃ…)
流星(まぁ一応構造上、三階は露天がある絡みで男女半々になってはいるが、この状況じゃ今日は三階にいる女子はいねぇだろうよ。)
翔太(ふむ…そうなると一応、階段を上がる大義名分はあるわけか。)
モテ王(じゃあ強引にいくなら、階段から脱衣所までダッシュして、下着を取ってダッシュで逃げる…あれ?風呂は…?)
翔太(ん…?よくよく考えりゃそうだな。わざわざ風呂場まで行く割に、風呂が終着地点じゃないってのも妙だ。ラーメン屋に行ってチャーハン食って帰るようなもんじゃないか。いや、それはアリか。じゃあアリだ。)
流星(いやいや、それを言うなら服買いに行ったのに途中で気に入った靴見つけて買っ…アリか。じゃあアリだな。)
モテ王(とにかく、アリだ!!)
エロければなんでも良かった。

 

28
その後、流さんの強引な一手でジャージと風呂セットを手に入れた俺達は、堂々と入り口から浴場館に潜入。三階を目指す振りをしつつ階段を上がった。
〜浴場館:2F階段踊り場〜
流星(さて…ここからはもはや、強攻策しかねぇな。見つかる見つからねぇとか考えてる場合じゃねぇ、とにかく捕まらんことだけ考えて、とにかく全力疾走だ。とりあえず目出し帽だけは被っとけよ?)
翔太(でも問題は、誰が先陣切るか…ッスね。)
モテ王(お、おおお俺は嫌だぜ!?そ、そんなおっかねぇの…)
流星(…わかった。やはりこういう時は、先輩である俺が動くべきだよな。)
翔太(違うでしょ、今日は俺達の歓迎イベント…ならば俺が行くべきかと。)
流星(いや俺が!)
翔太(いやいや俺が!)
モテ王(じゃ、じゃあ俺が)
翔&流(どうぞどうぞ。)
モテ王(わかってた!わかってたけども!でも、この流れを切るとか男として俺には…くっ!)
翔太(なんだマジで空気読める時は読めるんじゃねぇか、見直したぜモテ王。まぁこの後女子には盛大に見損なわれるわけだが。)
モテ王(あっ、いや、やっぱ俺は三番手が…)
流星(そうか…。一番手が乗り込み、その後に二番手三番手が続く…一番手の時点でまず女子に見つかることを考えると、三番手が一番時間無ぇんだがな。頑張れよ!)
モテ王(お、俺!一番手、行ってきまぁああああああああす!!)
二人は笑顔で見送った。

 

29
モテ王が突撃して数秒後、女子風呂方面から女の悲鳴と男の絶叫が轟いた。騙されたとはいえ、ああも一直線に乗り込めるとは、ある意味尊敬に値する。決して見習いたくはないが。
翔太(さらばモテ王…。せめて、一瞬目にしたであろう絶景の残像を抱いて死ね。)
流星(さて…んじゃ、ぼちぼち俺も行くとするかな。)
翔太(えっ、行く気なんスか!?後に続かないもんだからてっきり諦めかと…!)
流星(この状況じゃさすがに当初の目的は諦めだが、まぁアイツ回収してやんねぇとな。今ならまだ…)
翔太(確かに今ならまだ、目出し帽でバレてないかもだけど…)
流星(いや、まだ下着姿の女子もいるかなと。)
翔太(アンタすげぇわ。まだちょっと勝てそうにねぇッス。でも流さん、女子嫌いなんじゃ…?)
流星(フッ、嫌いどころか大好きすぎてテンパっちまうだけさ。程よく距離を取りながら、一通り観賞したら適当に逃げるぜ。お前はまぁ、あとは自由にやってくれ。)
翔太(了解ッス。初日から一人暮らしとかさすがに寂しいんで、モテ王と無事帰っ…え、なんで目出し帽脱い)
流星「覗きだとぉ!?太ぇ野郎だ!この俺様が、とっ捕まえてやるぁあああああ!!」
完全に売る気だ。

 

30
危うく「なんてカッコいい人なんだ」と騙されかけたが、どうやら流さんは、モテ王を口実に堂々と乗り込む算段だったようだ。なんとも酷いやり口だが決して嫌いじゃない。
というか、便乗して俺も行っておくべきだった気がしてきた。この状況で一人にされても、もはや打つ手が無い。
しかし、だからといってこのまま引き返すのはどうだろうか。何の成果も無いのは皆も同じだろうからそこはいい、だが何も挑まないなんて男が廃る。となると、目指すは三階女子風呂…望み薄とはいえ、誰もいないと決まったわけじゃない。希望を捨てるにはまだ早いのだ。
とはいえ、複数人いたさっきまでならまだ“ノリ”の一言で済んだかもしれないが、一人になった今、このまま行ったらもはや完全にただの犯罪者だ。いや、複数人なら犯罪集団になるだけか。じゃあまぁいいや。いやいや、なんにも良くはないか。
それに、この手のケース…「誰もいないかと思いきや一人だけいたかと思ったらフジコちゃんでした」みたいな、最悪なオチすら浮かんでくる。うん、ダメだな。やめよう。
翔太は正気に戻った。

 

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