31
凄まじい葛藤の果てに、俺は挑戦を諦めることにした。だが、緊張しすぎてもう汗だくだ。折角風呂にいるわけだし、気持ちを切り替え、のんびり汗を流して帰るとしよう。
〜浴場館:3F男子露天風呂〜
翔太「ふぃ〜〜…やっぱ疲れた後の風呂は格別だな。」
順平「あ〜、まったくだね。」
翔太「って、アンタもいるんかい!いや、俺が言うのもなんだけどアンタはダメだろ特に!他のみんな放置で風呂ってそれアリなの!?」
順平「ん?まぁそう騒ぐなよ、死んだアイツらが安らかに眠れねぇ。」
翔太「いやいや死んで…あー…うん、死んだかもッスね何人か…。全滅ッスか?」
順平「かもね。このイベントも何度目かって聞くけど、成功したのは一握りらしいよ。」
翔太「それでも一応いるんスね…。下着と引き換えに何かかけがえのないものを失ってそうだけども。」
順平「まぁ目的はあくまで男どもの“交流”だからね…女との縁は切れかねねぇけども。アッハッハッハ!!」
翔太「笑い事じゃねぇッスけどね。こんなこと何度もやるんスか?」
順平「やるね〜。男子高校生ってのはバカだからね。それに、無茶やれんのも今のうちっしょ?ほら、“少年法”とか。」
翔太「その最終手段が出てくるとかマジ怖いんスけど。」
順平「アッハッハ!なんだよビビり屋だなぁお前?さて…じゃあそろそろ行こうか。少し話しすぎた。」
翔太「え?いや、まだ少ししか…」
順平「バカかお前、モタモタしてっと上がっちまうっしょ?」
翔太「え??」
順平「今年は二人か…なかなかに、厳しそうだねぇ。」

え…?
急遽二次会が勃発した。

 

32
困ったことに、どうやら副寮長はまだ今回のミッションを諦めていならしい。完全に油断していた。こんなことなら風呂は諦めて帰るべきだった。
翔太「ま…マジで行くんスか?もしや下着どころか壁を乗り越えて覗く気とか…?」
順平「んにゃ、そりゃ無理だね。壁には常に油が流れてるしな、滑って登れねぇ。」
翔太「油ッスか…。そんな念入りに覗き対策してる風呂が実在するとか思ってなかったッスわ。まぁ“電流”とかじゃない分まだマシだけども。」
順平「ああ、あれはヤバかったしね。」
翔太「前はあったんスね…。そして何人か犠牲に…。」
順平「そんなことより急ぐよ。あの声は三年の安城、二年の井上、佐々木…上玉とは言えねぇけどまずまずかな。その他、音の位置からしてあと2人いる。脱衣所には…よし、誰もいねぇ。」
翔太「アンタ一体何者なんだ。なにそれ何か資格とか持ってんの?もしくはデビルイヤー的な…?というか、女子いるんスか!?普通今日は敬遠するんじゃ…」
順平「ま、その発想の逆をついたって感じだろうね。もしくは、狙われても迎撃できる自信があるか…。」
翔太「にしても、先輩ここが狙い目って知ってたってことッスよね?じゃあなんで寮からあんな…」
順平「フッ、色々あるんだよ…。まぁホラ、こういうのは大袈裟にやるから面白いんだろ?それに、どうせ勝つなら全員で勝ちてぇじゃん?最終的にはそれが目標でさ。」
翔太「ま、確かにワクワク感は半端なかったッスけどね。」
順平「とはいえ、やっぱ負けで終わるのは男の面子に関わる…てなわけで、僕らだけで続行するよ。作戦は…まず一人は、この油の壁をよじ登るフリして大騒ぎすることで、女子の注意を引き付ける。その隙にもう一人は、脱衣所に乗り込んで任務を遂行する。役割分担は…そうだなぁ、どっちがいい?」
翔太「え、そりゃ危険度から考えて大騒ぎする側が」
順平「男湯には今、僕達の他に6人…後で女子にバラされるは必至かな。」
翔太「先輩、俺…実は今日、娘の誕生日なんだ。」
順平「フッ、そうか。いいプレゼントが…手に入るといいな。行って来い!」
翔太は死ぬ気だ。

 

33
そんなこんなで、女子脱衣所に乗り込むことになった俺。完全に乗せられた気がするが、ここまで来たら腹をくくろう。首をくくる結果にならなきゃいいがな…。
〜浴場館:3F女子脱衣所前〜
順平((うぅうううぉおおおおおお!!登るぜぇえええええええええ!!))
翔太(き、きたな、合図…!)
男達声((行っけぇえええええええええええええ!!))
女声A((えっ!誰!?どどどどーしよ逃げます!?))
女声B((怯むな!敵は恐らく少数、あの壁は越えらんないよ!でも万が一だけど越えてきた場合を考えて、各自迎撃準備!))
女達声((ハイッ!!))
翔太「ふぅ、まず一手目は作戦通りだな…よし、行くか。」
翔太は慎重に扉を開けた。
紫苑「…え?」
翔太(キャーーーーーーー!!)
二手目で詰んだ。

 

34
死んだ。ハイ死んだ。もう俺死んだよー。いや、もう、なんだ、よく考えたらなんで俺はあんなに副寮長の言葉を信じちまってたんだ。あの距離から音で人数把握とか、常人にできるわけないじゃないか。俺はなんてバカなんだ。それに、仮にできてたとしても、俺が露天を出て着替えてここに来るまでの間に、誰も入って来ないとか保障は無いじゃないか。やっぱバカだ俺は。よし死のう。
いや、でもその前に、目の前の冥土の土産(下着姿)だけは目に焼き付けて死のう。
〜浴場館:3F女子脱衣所〜
翔太「・・・・・・・・。」
紫苑「・・・・・・・・。」
翔太「え、えっと…先輩、あの…これは…いや、言い訳する気も無いけども…」
紫苑「…翔太ちゃん、あのね、さすがの私も怒るよ?」
翔太「ほ、ホントごめんなさい!な、なんでもするからとりあえず上を羽織っ」
紫苑「呼ぶときは『紫苑ちゃん』でしょ?」
翔太「ってそこかーーーい!もっと他にあるだろうがーーーい!」
紫苑「うふふ♪でも女湯に来ちゃうとか大胆だね〜翔太ちゃん。ホントはお昼も来たかった?」
翔太「あ、アンタ…『天然系小悪魔』とか反則だろ…。いや、もう今の俺には何も言う権利無いけども…。」
紫苑「ん〜。これはちょっと、おっきな貸しだよね〜。」
翔太「ど、どうすれば…?」
紫苑「そうだねぇ〜…じゃあ今度、お願い聞いてもらおうかな〜♪」
翔太「オーケーわかったなんでも言ってくれ!とりあえずグズグズしてると誰か来そうだから今は逃げ」
紫苑「えへへー。ダ〜〜メ☆」
翔太「え…わっ!?」
バタン!(扉)
翔太は掃除用具入れに押し込まれた。

 

35
何を血迷ったのか、いきなり俺を掃除用具入れに閉じ込めた紫苑ちゃん…と思ったのだが、その後すぐに他の女子の声が聞こえた。察するに俺をかばってのことっぽい。
やはりこの人、一応状況はわかった上で動いてるようだ。少なくとも今の状況が俺にとって危険なことは普通に理解していて、なんとかしようと思ってくれていると見える。というか、そう思いたくて仕方ない。
翔太(た、頼むぜ紫苑ちゃん!めっちゃ不安だが今はアンタに賭けるしかない…!)
女声A「あっ、紫苑様!無事ですか男子とか来てませんか!?」
紫苑「来たよ〜。」
翔太(なんですって!?)
女声B「ぬぁ〜にぃ〜!?チッ、油断した…!もう逃げられたのか!?」
紫苑「あ〜〜…うん。飛んで?」
翔太(無茶だーーーー!!)
女声B「ハァ〜〜…しょうがないね、行くよみんな!男湯乗り込んで残党狩りだ!」
女達声「ハイッ!!」
翔太(通ったーーーー!!)
日頃の行いが見て取れた。

 

36
作戦だったのか違ったのかはわからんが、紫苑ちゃんがうまいことやってくれたおかげでなんとか俺は生き延びた。この恩はいつか返さねばならない。いやマジで。
ガチャ!(扉)
紫苑「は〜い、もう出てきていいよ〜。」
翔太「あ、うん。もうホントありがと…って、なんでバスタオル一枚になってんの!?羞恥心!羞恥心をどこに置き忘れてきたの!?」
紫苑「うふふ♪ところで翔太ちゃん、結局何しに来たんだっけ〜?やっぱお風呂入る?」
翔太「い、いつか「うん」って言ってやるから覚悟しとけっ!じゃなくて、いや、その…まぁちょっとした話の流れで、女子の下着をその…借りに、ね?」
紫苑「え〜、じゃあ持ってく?」
翔太「うぇえええええ!?な、なに!?トラップ!?いつか真顔で「最低ねカス」とか言われちゃったりしないよね!?そうなったらマジ死ぬよ俺!?というか、持ってけないよさすがに…」
紫苑「でも、持ってかないと困るんでしょ?」
翔太「いや、今や持ってった方が困ったことになるような気も…だがしかし、据え膳食わぬは男の恥!オーケーわかった、あ、ありがたく拝借しよう!」
紫苑「ブラだけでいい?下はさすがに恥ずかしいかな〜。」
翔太「上だけでも十分恥ずかしがるべきだけど今それは言うまい。それでいいよむしろそれがいい!俺的にもキツい!あ、ちなみに…折角なので聞いてみよう。な、何カップ…?」
紫苑「ファンタスティックの、“F”!」
翔太「お…おぉう!ファンタスティック!!」
翔太は若干壊れてきた。

 

37
その後、運良く女子に見つかることなく脱衣所を脱出し、なんとか寮まで帰還できた。
聞けば、俺以外の奴は全滅。何人かは命からがら逃げ延び、そして何人かは連れ去られたらしく、その後の行方を知る者はいなかった。
〜男子寮E棟:談話室〜
翔太「やれやれ、酷い有様だな…。まさかこれほどの惨状を生むとは…」
流星「おぉ、翔太じゃねぇか。生き残れたみてぇでなによりだな。」
翔太「うぃース。流さん…は、無残にも儚く散ったようで。」
流星「ああ…。正義のヒーローどころかむしろモテ王より蹴られてた気がするぜ。サッカーボールってあんな気持ちなんだな…。」
翔太「あー、そういやいましたねモテ王。アイツどうなったんスか?」
流星「知んねぇ。なんか豚とか丸焼きにするみたいな感じで棒にくくりつけられて、どっか持ってかれたわ。」
翔太「…とりあえず、念のため明日は学食で肉類食わない方がいいッスね。」
流星「で、お前はどうよ?結局どこでリタイアしたんだ?まさかあのまま帰ったのか?」
翔太「あーー…帰ろうとしたんスけど、三階の露天で副寮長と会っちゃって、そのまま成り行きで色々あって…その…」
流星「ん?なんだお前、ジャージから変な紐が…ハッ、これってもしや…!」
翔太「あっ!しまっ…!!」
迂闊にも戦利品が落ちた。
流星「お…う…うぉおおおおおお!?出た!出やがったぜみんなぁ!“レジェンド”がぁああああああああ!!」
翔太「えっ、レジェン…えっ!?」
男子A「なっ!?バカな!あの状況で…!?」
流星「あんな絶望的な状況の中、ミッションを達成した男がいたんですよぉ〜〜!」
男子B「なぁああああああにぃいいいいいい!?」
男子達「やっちまったなぁ!!」
翔太は黙って逃げ出した。
だが周りを囲まれてしまった。

 

38
困ったことにブラの存在がバレてしまい、一躍ヒーロー的な状況になってしまった。ヒーローと言えば聞こえはいいが、女子から見れば大悪人…できればバレたくなかった。それに、経緯を話せば紫苑ちゃんにも迷惑がかかる。ここはなんとか誤魔化さねばならない。
流星「さぁ翔太、早くそいつを寄越せ!この俺様にもモフモフさせるがいい!」
翔太「だ…ダメだ誰にも触らせない!素敵な思い出が汚されちゃうわ的な意味で!」
流星「チッ…まぁいい、そういうことなら気持ちはわかる。だがしかし!まだそれが本物だと決まったわけじゃねぇ!どっかで買ってきた線も捨てきれねぇからな!」
翔太「いや、買いに行く時間とか無かったし!イベントの存在自体知らなかったし!」
流星「じゃあ…自前?」
翔太「ブラはもとより俺のことも汚さないで!!」
流星「フッ、まぁいい。嘘ならすぐバレる…おいジョン!ジョンはいるかーー!?」
翔太「え、ジョン…?って、うわ外人!?」
ジョン「Hi.」
流星「オイ翔太、触らねぇからそれちょっと前出せ。悪ぃなジョン、頼めるか?これを見極められるのは、お前しかいねぇ。」
ジョン「…OK.」
翔太「流さん、この一見イケメン風な外人さんはどなたッスか?」
流星「こいつの名は『ジョン』…“神の鼻を持つ”と称される、孤高のド変態だ。」
翔太「やっぱり残念な人なんだ…。神は二物を与えないんだな…。」
ジョン(クンクン…)
ジョンはブラの匂いを嗅ぎ始めた。
一同は固唾を呑んで見守った。
そして…
ジョン「Gooooooooooooooooooooood!!」
男子達「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
バカばっかりだった。

 

39
何の根拠かはわからないが、ジョンと呼ばれる洋物ド変態のジャッジにより、俺の…もとい、紫苑ちゃんのブラは女子のものと証明された模様。みんなどうかしてる。
流星「くっ、ほのかに香る女子の汗の匂いを嗅ぎ取ったか…!にしても、使用済みの方を盗ってくるとは、なんてブラボー…もとい最低な奴め!」
男子達「イェーーイ!ブラボー!ブラジャーー!!」
翔太「いや、アンタらも結構最低だぞ。」
ジョン「…Who?」
翔太「へ?」
流星「誰のなんだって聞いてんだ。本物とわかったからには、当然持ち主が気になるだろうが。」
翔太「いや、それはさすがに…」
ジョン「ッ!!Name!?」
翔太「って名前書いてあるし!いい歳こいてなんなんだあの人は!?子供か!!」
流星「チッ、3文字ってのしか見えなかった…!オイ翔太、見せやがれ!」
翔太「だ、ダメだ!それは…」
流星「なにをためらう!?テメェ一体何を隠してやがるんだ!?それに、いくら思い出がとはいえ、そこまで頑なに手放さねぇとかお前…」
寮母「コ〜〜ラァ〜〜!アンタら何時だと思ってんだい!?早く寝な!!」
流星「あん?うっせーよフジコちゃん!今それどころじゃ…」
ジョン「Three!?」
流星「ハッ!三文字…いい歳…ま、まさか…!!」
男子達(ざわ…ざわ…)
流星「…すまん翔太。そうかお前、俺達のために…。」
翔太「え、いや…え?あっ。」

くっ…誤解だが解くに解けない。
ジョンのショックもデカい。

 

40
翔太が「男子の面目を保つため不本意ながらもフジコちゃんのブラをゲットし、なおかつ身を挺して他の者の純潔(?)を守った英雄」として盛大に崇められたその少し後、共同館のとある一室では…
順平「おーい、いるかなー?終わったよー。」
女子「あー、よく来たねご苦労さん。例年通り大騒ぎだったみたいじゃない?ウチの子らはまだ騒いでるみたいだよ、「丸焼きだー!」とか。」
順平「ハハハ、マジかー。でも穏便に頼むよ『瑞希(ミズキ)』ちゃん?全力で楽しんだとはいえ、一応こっちは汚れ役買って出てやったんだ、割に合わねぇことされたらさすがの僕もキレちゃうぜ?」
瑞希「わーってるよ。途中で勝手に顔バレしたバカは知らんけど、捕まっただけの奴は適当にシバいて解放するよ。何人かには事情話してあるから、下手な追求はしないさ。」
順平「顔バレしないってだけで普通にボッコボコにされるからね。あれ見たら普通の奴らは覗こうなんて考えないと思うよ。抑止力としては十分なんじゃないかな。」
瑞希「ま、たまに度を越えて懲罰房行きするバカもいるけどね。」
順平「にしても、毎年毎年面倒だね〜。こうでもしなきゃ覗きが絶えない僕ら男子のエロパワーが原因とはいえ、まったく…。」
瑞希「こっちも一年365日、毎日気ぃ張ってるわけにもいかないしねぇ。逆に定例行事化することで、普段の覗きは抑制される…これ考えた奴は天才かキチガイだね。まぁ毎年必ず乗せられちゃうE棟の連中は漏れなく後者だけどさ。」
順平「まぁそう言うなよ、エロなんて男子共通…マジでヤバいのは、多分本気出したA棟の奴らだぜ?それを僕らが堂々とバカやることで、「自分はアイツらとは違う」っていうもう一つの抑止力が生まれるんだ。それにE側も、やり過ぎないように僕がわざと難易度上げてるしね。」
瑞希「ふーん、まるで本気出したら余裕で覗けるみたいに聞こえるねぇ。こっちだって事情知ってるから手ぇ抜いてるだけだよ?マジでバトったら男子なんて全員血祭りだね。」
順平「ほぉ…それ面白い冗談だね。僕はいいけど、他の奴らにはあんまし言わない方がいいかな。いつか吠え面かくことになるよ?アイツらバカだからね〜。」
瑞希「だからわーってるってマジんなんなよ。バカもハサミも、使い様はわきまえてるつもりだよアタシは?」
順平「でもバカも侮れないぜ?今年は一人やらかしたらしいしね…“レジェンド”。」
瑞希「…へぇ、ついに“アイツ”以来に…。なんて奴なんだい?」
順平「結構面白い奴だよ。名前は確か…長谷川葵。」
こうやって背ヒレ尾ヒレが。

 

前へ
次へ