太郎ワークへようこそ!

 

1
大学を中退し、約2年。ニートのまま成人を迎えた僕は今、就職斡旋所の前にいた。
働くなんて死ぬほどイヤだけど、実家を追い出されてしまったので仕方なかった。
ガラガラガラ…(扉)
青年「えっと…こ、こんちは〜。」
職員「ん…?あ〜いらっしゃ〜い。なに、どうしたのキミ?何しに来たの?」
青年「いや、就職斡旋所に来る理由が就活以外にあるとでも…?」
職員「マジで!?いや〜何日ぶりだろ?危うく僕まで職にあぶれるかってくらいに」
青年「他をあたります。」
職員「ちょ、ちょっと待って!いや、大丈夫!マジ大丈夫だから!(ガチャッ)」
青年「ってなにさりげなくカギ締めてんの!?イヤだよ帰るよ!」
職員「まぁ騙されたと思って信じてよ。こう見えて僕、「詐欺師」の資質は結構…」
青年「騙す気マンマンじゃないか。そんな人の何を信じろと!?」
職員「あ〜大丈夫違うから。僕の名は「太郎」、職業は…「遊び人」だよ。」
ちっとも大丈夫じゃなかった。

 

2
明らかに怪しい就職斡旋所「太郎ワーク」に監禁された僕。とっても困った。
太郎「ふ〜ん、「黒川拓海(タクミ)」君ねぇ〜。2年もニートとかダメ人間まっしぐら?」
拓海「う、うるさいよ!だから…だから就職しようと思って来たんじゃないか!」
太郎「とかなんとか言っちゃって〜、実際は家を追い出されたとかそんなんでしょ?」
拓海「えっ、なんでそれを…!?」
太郎「いや、そうアドバイスしたの僕だし。」
拓海「ってアンタが諸悪の根源かよ!なんてことしてくれんだよ!?」
太郎「親父さん、とっても困ってたよ…息子が遊んでばっかでどうしようってさ。」
拓海「自称「遊び人」にだけは言われたくないよ!」
太郎「フッ、「自称」とか言われても困るんだけど。」
拓海「「本物」の方がこっちは困るんだけど!」
太郎「ま、安心して僕に任せてよ。泥舟に乗った気分でさ!」
豪快に沈みそうだった。

 

3
聞けば、父さんと太郎さんには接点があり、だから僕はココに送り込まれたっぽい。
そういうことなら逃げたら何かマズいことになりそうだし…仕方ない、話を聞こう。
拓海「えっと…じゃあ単刀直入に聞きます。僕はどうすれば無事に帰れますか?」
太郎「んとね〜、まずはココに印鑑もらえる?」
拓海「絶対タダじゃ帰れないじゃないか!え、なに僕に拒否権は無いわけ!?」
太郎「親父さんに頼まれたんだよね〜。君を立派に…どうにかすると。」
拓海「どうするの!?なんで肝心な部分を濁すんだよ!」
太郎「まぁ心配いらないよ。これまで僕の手にかかって、うん…ね?」
拓海「ね?じゃないよ!言い切れないなら言いかけないでよ不安になるから!」
太郎「んじゃ、早速スタートしようか。この僕がお送りする…究極の就活講座を!」
全然早速じゃないが。

 

4
そんなこんなで始まってしまった、太郎ワークの就活講座。早く逃げたいな…。
拓海「で、結局僕はどうすればいいんでしょう…?」
太郎「ん〜…まずは「履歴書」の書き方からかな。」
拓海「え、そういう指導から入るんですか?職業紹介じゃなくて?」
太郎「今のキミじゃ確実に落ちるからね。まずはお勉強から入らないと。」
拓海「う゛っ…確かに正論だけど、アナタから言われるとなんか複雑ですね…。」
太郎「フッ、これでも一応プロだからね。」
拓海「「遊び人」の…でしょ?」
太郎「名前は、えっと…「黒川・D・拓海」っと。」
拓海「え、なにそのあからさまに何かをパクッたようなミドルネーム!?」
太郎「いや〜、何事にも冒険心は大事じゃん?就活も同じだよ。」
拓海「違った意味で大冒険しそうじゃん!海の果てまで行ったり来たり!」
太郎「じゃあさ、せめて性別は「男・女」の「・」に…」
拓海「攻めんな!!」
攻撃は最大の暴挙だ。

 

5
最初の講義は「履歴書の書き方」。テーマはいいけど、内容がボロボロだった。
太郎「次は…住所はどうしよう?何星がいい?」
拓海「普通に地球だろ!なんでわざわざ違う星から出稼ぎに来んのさ!?」
太郎「じゃあ職歴は…まぁ無いよね。確か大学中退で即ニートだっけ?」
拓海「え、ええ。まぁ色々…ありまして…。」
太郎「でも素直に「中退」じゃカッコ悪いよね。やっぱ別の言い方を考えようか。」
拓海「いや、いいですって!変に足掻いた方が余計に傷が広がりますよ!」
太郎「なら中退は中退のままで、その後に「だが俺達の戦いはこれからだ」…と。」
拓海「どこの打ち切り漫画だよ!?しかも「達」って他に誰が!?」
太郎「全国数十万人のニート諸君?」
拓海「大戦争じゃないか!そんなに一気に戦い始めたら大混乱するよ日本!」
太郎「大丈夫、無いから。」
拓海「無いけどもっ!」
戦ったらニートじゃない。

 

6
太郎さんの講義は、どう考えてもフザけてるとしか思えない感じだった。
でももしかしたら、もしかしたら何かイイ話があるかもなので、もう少しだけ耐えよう。
太郎「やっぱ一番のポイントは、この「空白の2年間」をどう誤魔化すかだよね〜。」
拓海「で、ですよね…。でも、ウソ書くわけにもいかないしなぁ…。」
太郎「よし、じゃあこうしよう。えっと…「自分探しの族」…っと。」
拓海「絶対落とされるから!しかも「旅」じゃないのかよ!何その怪しげな部族!?」
太郎「なら適当にバイト歴書こうか。確認なんかしないしね、まずバレないよ。」
拓海「いや、でも経験が無いと絶対ボロ出ますよね?」
太郎「それは相手が正解知ってる場合でしょ?マイナーなトコ攻めればイケるよ。」
拓海「例えば…?」
太郎「殺し屋。」
拓海「落ち…捕まるわ!!」
だが住み込みは可だ。

 

7
やっぱりダメだこの人。確かに僕の経歴にも問題はあるけど、それ以上にダメだ。
太郎「さて…じゃあ今度は写真を気にしてみようか。どんな顔で撮る?」
拓海「写真も!?いや、ま、まぁ多分…こんな感じですか?」
太郎「表情が堅すぎるよ。オドオドした感じが出ちゃってるね、これじゃ落ちるよ。」
拓海「ま、マジですか…。じゃあ太郎さんならどんな写真撮ります?」
太郎「んとね〜…まずは指で銃を撃つような感じで構えて!」
拓海「えっ、こ、こう…?」
太郎「そしてそれをアゴに。」
拓海「キラーン☆ ってフザけてんのか!なんだよこのキザなポーズ!?」
太郎「ほら、やっぱインパクトは大事かなぁと。」
拓海「そうだよ大事だよ!だけどこれだと最初に「一」が付くよ!」
太郎「いや、間に「惨」じゃない?」
誰がウマいこと言えと。

 

8
その後、「じゃあプリクラ」とか言い始めたので無視した。今度写真屋さんに行こう。
太郎「となると次は…「志望動機」だね。「ムシャクシャしてやった」とかね。」
拓海「それ「犯行動機」だから!ありがちなネタだけど実際書く奴いないから!」
太郎「なら、「笑顔には自信があるので、御社の社風に合うと思いました」…とか?」
拓海「その嘘臭さも問題だけど、それよりも…僕、ドコを受けるか知らないっ!」
太郎「葬儀屋。」
拓海「笑っちゃダメじゃん!笑顔がモットーな葬儀屋ってどんなだよ!?」
太郎「冗談だよ。今のキミにはちょとハードル高すぎだしね。まずはバイトかなぁ?」
拓海「バイトって…コンビニとかですか?」
太郎「じゃあコンビニで。」
拓海「「じゃあ」って何!?何その適当な感じ!?」
太郎「接客業はイイよ〜?何をやるにも、あって損の無いスキルが得られる。」
拓海「い、今の僕には…他人と話す時点でハードル高いですけどね…。」
太郎「大丈夫だよ、プロの僕が教える。」
太郎のは「接客」じゃない。

 

9
というわけで、僕はコンビニのバイトを目指すことに適当に決まったのだった。
太郎「次は…「資格」だね。何か持ってる?「背後」と「ゴルゴ」以外に。」
拓海「「死角」も「刺客」も関係ないから!なんでいちいちボケようとするの!?」
太郎「いや〜、だからといって「無い」は問題じゃん?」
拓海「そ、それはそうですが…やっぱり嘘は後でバレたら大変でしょ?」
太郎「大丈夫。確かに車の免許とかはバレるけど、他のは調べやしないって。」
拓海「じゃあ例えば?」
太郎「ん〜…「万引き検定:4級」?」
拓海「だから捕まるわっ!なんでマイナス要素なの!?しかも4級とかショボいし!」
太郎「でもホラ、コンビニとか多そうじゃん万引き?対策に役立つと思うんだよね。」
拓海「プロの目線から的な感じで!?むしろ真っ先に疑われるから僕が!」
太郎「大丈夫、バレやしないって。」
拓海「えっ、経験者!?」
万引きはダメ!絶対!

 

10
そして、太郎さんのハチャメチャ講義もいよいよ終盤に。
太郎「んじゃ最後は、「趣味・特技」かな。これくらいは何か出さないとね。」
拓海「ですよね…。う〜ん、何かあったかなぁ〜…?」
太郎「えっと、じゃあ「趣味」は「親のスネをかじること」。」
拓海「どんな趣味だよ!?そんな趣味ありえないから!」
太郎「あ、「特技」の方?」
拓海「それはそれでありえないから!」
太郎「ま、まさか…「好きな食べ物」!?」
拓海「物理的にかじる鬼がいるかよ!?まず「親のスネ」から離れてってば!」
太郎「それは親のセリフだよね。」
拓海「う、うるっさいよ!!」
拓海はとっても悔しい。

 

11
その後1時間以上格闘したあげく、なんとか履歴書は完成。
でも、まだ終わりじゃなかった。今度は「面接」の練習をするらしい。帰りたい…。
太郎「じゃあ僕を面接官と思って練習ね。さぁどこからでもかかってくるがいいわ!」
拓海「いや、そんな武闘派な面接官はいないです。」
太郎「まず最初の質問。キミがウチのバイトをやろうと思った動機はなんだね?」
拓海「え、あ、その…」
太郎「はいアウトー。僕だったらこの瞬間に「使えない奴」の烙印を押すね。」
拓海「そ、そんな…!」
太郎「背中に、ジュッと。」
拓海「しかも「焼き印」なの!?一体何の権限で!?」
太郎「「ヒューマンスキル」は教えて備わるもんじゃないしね。無い時点でアウト。」
拓海「じゃ、じゃあもう早速どうしようもないじゃないですか!」
太郎「そうだよ?」

えーーー…。
特にフォローは無かった。

 

12
なんと、ここにきて今さらどうにもできないダメ出しをされちゃった僕。
そんなことなら履歴書とか全然必要じゃないじゃないか。完全に時間の無駄だった。
拓海「えと、じゃあ…帰ります。やっぱり僕には無理だったってことで…」
太郎「あぁ、諦めなくていいよ。面接乗り越えるくらいならなんとかなるから。」
拓海「へ…?」
太郎「予想外の事態には弱いけど、台本があればある程度やれちゃうのが人間。」
拓海「つまり、面接ならパターンが読めるから大丈夫だと?」
太郎「そそ。全パターンを押さえて、店側を騙す…雇われちゃえばコッチのものさ。」
拓海「いや、でもなんかそれズルくないですか…?」
太郎「それは採用側のミス。フッ…騙される奴が悪いのさ。」
拓海「でも…!」
太郎「って、前に「振り込め詐欺」に遭った爺さんが言ってた。」
拓海「騙されたんじゃん!騙された分際でそんなカッコつけてたの!?」
太郎「人生において、考え無しの行動は「悪」だから。ダメ人間の典型だね。」
拓海「ひ、ヒデェ…!」
太郎は歯に絹を着せない。

 

13
太郎さんいわく、ヒューマンスキルは無くても、面接だけならなんとかなるんだとか。
というわけで、ひたすら練習を続けたんだけど…結果は散々だった。
太郎「は〜いまたアウトー。」
拓海「いや、だって履歴書の志望動機には…」
太郎「アレはアレ。 んとね、キミの回答には大事なプロセスが欠けてるんだよね。」
拓海「大事な…プロセス?」
太郎「答える前にさぁ、その質問の「真意を察する」っていう過程が無いんだよ。」
拓海「真意…つまり、何のためにそんな質問をしたのかってことですか?」
太郎「そう。ぶっちゃけ面接官は、キミの想いなんて興味無いんだよね。死ぬほど。」
拓海「ひ、ヒドい…。」
太郎「もうホント、死ねばいいんじゃない?」
拓海「ヒド過ぎるわ!って、そうじゃないのか!えっと、その質問の裏の意味は…」

太郎「無い場合もある。」
太郎は直球勝負だ。

 

14
結構適当な感じの太郎さんだけど、たま〜に正しいことを言ってる気もする…かも。
拓海「じゃあ、その…太郎さんが思う、「バイトに求める資質」って何でしょう?」
太郎「まぁ「扱いやすさ」だろうね。店側から見れば、バイトなんて所詮「駒」だし。」
拓海「ドライな言い方しますね…。」
太郎「あと重要なのは、「すぐ辞めない」と「シフトに融通が利く」。つまりは…?」
拓海「確固たる働く理由があり、なおかつ時間もあることをアピールしろと…?」
太郎「そそ。相手の欲しがる回答をウマいこと捻り出すのさ。ハッタリでいいの。」
拓海「でも、もし嘘がバレちゃったら…?」
太郎「次のバイトへ。」
拓海「切り替え早っ!え、そんなんでいいんですか!?」
太郎「下手な鉄砲もなんとやら〜ってね。一発でキメようってのがまず甘いのさ。」
拓海「ま、まぁ確かに数を重ねればそれなりにイイ経験にはなりそうですが…。」
太郎「そうだ、むしろ最初は落ちてもいいやくらいの気持ちでいってみたら?」
拓海「え…例えば?」
太郎「全裸で登場。」
拓海「だから捕まるってば!「落ちてもいい」と「さぁ落としてくれ」は別物だよ!?」
太郎「だよね…アレは悲惨だったよ。」
拓海「誰かやったの!?」
被害者数は謎だ。

 

15
そして、なんとか終了した太郎さんの講義。これで…これでやっと帰れる…!
太郎「というわけで、じゃあ早速行こうか。」
拓海「へ…?い、行くってドコへ?僕はもう帰ろうかと…」
太郎「もち面接。あぁ大丈夫、アポはもう僕が取っといたから。」
拓海「えぇっ!?いやいや、そんな急展開ありえないですって!せめて明日とか…」
太郎「今日やらない子は明日もきっとやらないよ。思い立ったが吉日!」
拓海「勝手に思い立ったのはアナタでは!?」
太郎「安心して、僕も付き添うから。」
拓海「それはある種「不安材料」なんですが…。」
太郎「ほら行くよ。面接に遅刻とか完全にアウトだからね。」
拓海「ちょっ、待っ…!」
太郎「ん〜、楽しみだなぁ〜。」
拓海「待ってぇえええええええ!」
そして戦場へ。

 

続く