私立恋愛学園

 

充実した人生とは、どのようなものだろうか。

良い物を食べたい、欲しいものを買いたい、楽しく遊びたい、人の注目を浴びたい、誰かに褒められたい、好きな人と一緒にいたい…人の欲求というものは枚挙に暇が無いものであり、それを満たすための手段も多岐にわたる。

金や地位により満たされる欲求は多い。そのため人は、より良い学校で、より良い教育を受けようとする。もちろんその全てが報われるわけではないが、基本的にはそれが王道であることは確かだろう。

だがしかし、世の大半の人間が求める道であるにも関わらず、公式に教育が施されない分野がある。そう、“恋愛”である。

そんな中、必須科目に“恋愛”を取り入れた異色の私立高校が設立された。

その名も『恋愛学園』。

この物語は、そんな特殊な空間に送り込まれた少年少女が送る、恋と苦悩と笑いに満ちた、青春ラブコメディになるはずである。

 

1
俺の名前は『東堂翔太(トウドウショウタ)』、現在思春期真っ只中の15歳。そんな俺は、今日から高校生になる。話せば長くなるので省くが、紆余曲折を経てこの『恋愛学園』とかいうフザけた学校に入るはめになった。まぁ、腹を決めた後の開き直りには定評がある俺なので、こうなったらどんな逆境が訪れようと三年間楽しんでやろうと思う。
〜入学式〜
学園長「えー、というわけで…本校では、これまで日本では敬遠されてきた“恋愛”に関する教育を積極的に施し、皆さんのラブに満ちた人生をオヤスミからオハヨウまで生暖かく見守っていきます。」
翔太(生暖かくとか嫌な表現だな…って寝てる間だけかよ怖ぇなオイ。)
女子(まったくだよね…。あんなキモいオッサンに見守られるとか、警報ブザーから片時も手ぇ放せないわー。)
翔太(ん?よぉ、はじめましてお隣さん。俺は翔太、よろしくな。)
女子(あ、うんヨロシクね。アタシは『千代子(チヨコ)』、『チョコ』でいいよん。)
学園長「ですが勘違いしないでください。これは決して不純異性交遊を推奨するというわけではありません。本校には厳格な校則があり、守らなかった生徒は翌日の食卓に並ぶことになります。」
翔太(ってだからイチイチ怖ぇよ!初日から生徒の恐怖心煽ってどうすんだよ!?)
チョコ(ヤッバいなぁ…ここ滑り止めだったのに全然人生滑り止まってないわー。)
学園長「本校には素晴らしいカリキュラム、そして優秀な教師が存在します。それでは一人ひとり紹介していきましょう!まずは一人目、その恋愛経験の豊富さは他の追随を許さない…孤高の恋愛マスター、青木先生!」
チョコ(えっ、恋愛マスターにして孤高ってどーゆー意味…?)
青木先生「いいかガキども!恋愛でわからねぇことはなんでも俺に聞けぇええ!!」
学園長「先生は先日離婚されたそうです。」
翔太「そんな奴に何を聞けと!?」
ちなみにバツ2だそうです。

 

2
その後も教師紹介は続き、とりあえずとんでもない学校に入っちまったことは理解した。この後の学園生活が思いやられるが…今さら気にしたって仕方ない。
〜教室:一年一組〜
翔太「ふー…やれやれ散々な入学式だったな…。」
チョコ「やっほー翔ちん♪教室でも席近いねー。」
翔太「おぉチョコか、なかなかフレンドリーで好感持てるなお前。仲良くしてやる。」
男子「ん?二人はお知り合いなわけ?いいなー僕も仲間に入れてよ。」
翔太「おーいいぜ、仲良くしようか。とりあえずお前アンパン買って来いよ。」
男子「あ、オッケー♪っていきなりイジめる流れになってない!?一瞬で主従関係できちゃってない!?」
チョコ「なーんか見るからにイジめてくれって顔してるよねー。親に辛く当たった方がいいよ?」
男子「まさか初対面で遺伝子レベルでダメ出しされるとは思ってなかったよ!」
翔太「つーかお前名前は?人に尋ねる前にまず自分が名乗るのは常識だろ?」
男子「いま僕尋ねられた側だよね!?それ僕のセリフだけど大丈夫!?ま、まぁいいや…えっと、僕は『長谷川葵(ハセガワアオイ)』、よろしくね!」
翔太「葵か…あだ名はどうする?」
チョコ「んー、子犬っぽいし『ポチ』で。」
葵「だから酷すぎるよね!?えっ、もうずっとこんな感じ!?」
翔太は下僕Aを手に入れた。

 

3
うちの学園は、1学年に10クラスある。だが俺の中学からの友達は一人も来ていない。だから高校には知り合いがいないのが一番の懸念点だったので、入学初日に話せる奴ができたことの意味は地味にデカい。まずは一安心だ。
翔太「やっぱ学校でボッチはきついからなー。とりあえずそれぞれに別の居場所ができるまでは同盟組もうぜ。」
チョコ「わかるわー。アタシも一人で来たからさぁ、こう見えてチョイ心細かったんだよねー。アンタもそうでしょポチ?」
葵「僕はまだなんかアウェイ感が払拭できないんだけどね…。」
ガラガラガラ(扉)
青木先生「おいーーっす!元気かガキどもぉおおおおお!?」
生徒達「ッ!!?」
翔太「なっ…このタイミングでなぜ奴が…まさか…!?」

青木先生「俺が担任だぁああああああああ!!!」
教室は阿鼻叫喚の巷と化した。

 

4
なんと、うちのクラスの担任はバツ2でお馴染みの青木らしい。まぁ他の先生もろくなもんじゃなかったので大差無いのかもだが、このババを引かされた感はハンパ無い。
青木先生「よーし、じゃあ早速一発目のホームルームを始めるぞー。後で全員に自己紹介してもらうからな、考えておくように!」
男子A「えぇー、めんどくせぇーー。」
青木先生「ハイそこー、気をつけた方がいいぞぉ?これは華の高校生活の第一歩だ、ここで滑って翌日から不登校になった奴を俺は3人知ってる。」
翔太「だからなんでこの学校はイチイチ生徒脅すんだよ!?いきなり飛ばし過ぎじゃね!?」
青木先生「校舎下の石碑見てねぇのか?“恋はいつでも突然に”…いついかなる時に何があっても対応できるようにするのがこの学園のモットーだ。そのぐらいの逆境どうにかできねぇでどうすんだっつーの。」
翔太「その逆境を少なくとも2回はどうにもできなかったバツ2が偉そうにほざいてんじゃねーよ!」
青木先生「チッ、さっきから誰だぁ?姿も見せねぇで調子こきやがって…名を名乗れやクソガキ!!」
翔太「フン、俺は誰にも屈しない一匹狼…その名も長谷川葵だ!覚えとけ!!」
葵「なんですって!?」
青木先生「ほぉ、面白ぇじゃねぇか長谷川…覚えとくわ。」
葵「全力で忘れてぇえええええ!!」
葵はブラックリストに載った。

 

5
危うく初日から教師に目を付けられるところだったが、咄嗟にポチの名を出すことで事なきを得た(俺は)。やはり悪い意味で目立つのは避けたいところだ。
青木先生「んじゃまぁ、まずは俺の自己紹介からしとくか。俺は『青木康雄(アオキヤスオ)』、歳は33だ。学園長の野郎が余計なこと言いやがったせいで知ってるたぁ思うが、バツ2だ。まぁ細けぇこたぁ気にすんなよな。」
男子B「いや、これから教わろうって僕らからすると、どデカい問題なんですが…?」
青木先生「んなこたぁねーよ。良い選手が良いコーチたりえるとは限らねぇ、その逆も然り…ってな。要は俺が何を教えるかじゃねぇ、オメェらが俺から何を学ぶかだ。」
翔太「なるほど、“反面教師”ってやつだな。」
青木先生「オーケー長谷川、後でテメェ職員室来いや。」
翔太「望むところだオラァアアアア!!」
葵「ちょっ、これ以上無駄に煽るのやめてくれる!?」
青木先生「さて、じゃあこれからこの学園の説明を改めて…と思ったが、名前もわからねぇと進めづれぇな。よし、やっぱテメェらの自己紹介から先にやんぞ!」
男子A「えぇー、めんどくせぇーー。」
青木先生「さっきからうるせぇよテメェ、もうテメェ今日から『メンドク星人』って呼ぶからな。」
メンドク「ちょっ、教師が率先してあだ名つけちゃうとかありえなくねー!?」
青木先生「さぁ、じゃあ早速いくぞー。出席番号1番、諦めて前ぇ出ろー。」
ちょっとした拷問が始まる。

 

6
そして始まった地獄の自己紹介タイム。多くの者が無難に地味な挨拶をし、何人かの猛者が笑いを取ることに成功し、そして…何人かの雑魚が華麗に散った。
翔太「チッ、もう“タ”の段まで来たか…やれやれだぜ。」
チョコ「ねぇなんかボケてよ翔ちん。アタシ最初は何か言おうかと思ってたけど、ちょっとここまで見てて心折れたわー。」
翔太「お前は『野中(ノナカ)』だろ?まだ余裕あるじゃねーか、今からでも適当にボケ考えろよ。俺なんかお前、声色変えなきゃなんないんだぞ?それどころじゃねぇわ。」
葵「それは自業自得だよね!?というか現時点で既に詰んでる僕はどうすればいいわけ!?名乗った時点でシメられるの目に見えてるんだけど!?」
男子C「ふぅ、次は俺か…。俺の生き様、見ていてくれよな!」
翔太「ん?おぅ、そうか。誰かは知らんが頑張って散って来い小太り。」
青木先生「おーい、じゃあ次ぃー。誰だぁー?」
男子C「ふぅ〜…お…オッス!オラ悟空!!」
チョコ「えっ!?」
生徒達(う…うわぁーーーーー…。)
チョコ(い、痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!ヤバいよあの人めっちゃヤバいよ!)
翔太(ありがとう悟空さ、お前の勇気は忘れない。おかげで気楽になったわ。)
男子C「も…もとい!俺は『寺本小次郎(テラモトコジロウ)』!俺は…俺はこの学園で恋愛を学んで、モテモテ王になるんだぁーーーー!!」

こ、これの次か…やっぱちょっとやりづれぇな。
翔太は軽く追い込まれた。

 

7
最初は滑ってくれて良かったと思った悟空さ改め『モテ王』だったが、あまりのテンションに若干圧倒されてしまった俺、ならびにクラスメイト一同。この流れで無難な挨拶をするのは、逆にハードルが高い気がしてきた。他の奴ら以上につまらん奴だと思われかねない。
青木先生「うーい。じゃあ次なー。」
翔太「チッ、えー…東堂翔太です。趣味は…」
青木先生「オイオイちょっと待て、お前その声…どっかで聞いたなぁ?」
翔太「ヤベ…あ、いや、実は長谷川君に、言うこと聞かないと母ちゃんがデベソだってバラすと…」
葵「そんな脅しに屈しちゃうの!?てゆーか今自分でバラしちゃってるよね!?いや、そもそも脅してないけども!」
青木先生「そうかテメェか…。どうやら今年一番の問題児候補はテメェみてぇだな。」
翔太「いやいや、俺の起こす問題なんて先生の離婚問題に比べれば」
青木先生「オーケーわかった、テメェも後で職員室な!ハイ次ぃ!」
翔太「チッ…!」
葵「ちょ…えっ、テメェ“も”って僕の冤罪はまだ晴れてないわけ!?」

ふぅ…フッ、やっちまったぜ。
翔太もブラックリストに載った。

 

8
少しばかり動揺していたせいで声色変えるのを忘れており、思いっきり青木に目を付けられてしまった俺。まぁ遅かれ早かれって気もするので気にするのはやめよう。
青木先生「ふむ…やーっと終わったかーダリィなぁ。んじゃまぁ、次はお待ちかねの学校説明といきますかー。じゃあ…メガネのお前、この学園最大の特徴はなんだー?つーか名前なんだっけ?まぁいいや、『委員長』な。」
女子「『鷹野美由紀(タカノミユキ)』です!まだクラスの役割とか何も決まっていないのに委員長とかやめてください!」
青木先生「うるせぇよ。メガネにおさげっつったら委員長って相場は決まってんだよ。ギャルゲーやったことねぇのかオメェ?」
委員長「普通無いですから!」
青木先生「いや、普通にあるからな。ここじゃ宿題で感想文書かせるぞー。」
モテ王「マジで!?学校の教材がエロゲとかマジかよ胸躍るなぁオイ!」
翔太「いや、勝手に廊下あたりで踊ってろよモテ王。やるのはともかく感想文とか羞恥プレイにも程があるだろ。」
青木先生「いいから言えや委員長。モタモタしてっとマジで学級委員長とかメガネが似合うポジションに置いちまうぞ?」
委員長「ハァ…えっと、この学園最大の特徴といえば、当然の如く必須科目に“恋愛”を取り入れたことでしょうね。これまでテレビや雑誌、誰かの体験談等からしか情報が入らず、子供が自ら学び、当たって砕けるしかなかった恋愛という分野を学業の一部として扱うことで、教師が教育を施し、それにより間違いの少ない恋愛をしていけるよう育てるという、つまり…生徒目線で言わせてもらうならなんともありがた迷惑な教育方針だと思います。」
青木先生「ふむ、概ね間違っちゃねぇな。特に後半は、まぁお前らみんな似たようなこと思ってるだろうよ。だがなぁよく考えてみろクソガキども、人生の“勝ち組”ってのは何だ?じゃあ…オイ長谷川、答えろこのクソ野郎!」
葵「いや、なんで僕の印象が回復しないのかわかんないですが…えー…やっぱり良い職業に就いて、お金をたくさんもらって優雅に暮らすこと…でしょうか?」
青木先生「あー、まぁ現実知らねぇガキが考えるのはそんなもんだろうよ。確かに金がありゃある程度の欲求は満たされるわ。だがなぁ、どんなに金があっても独りじゃつまらんし、逆にどんなに金が無くとも愛する女が一人いりゃ、それだけで幸せっつーこともあるわけよ。金が無かろうがスポーツができなかろうが、恋愛さえ成就すりゃあ、誰でも勝ち組になれる…それが世の中ってもんなんだよ。わかるかぁオイ?」
翔太「なるほど、つまりアンタは負け組ってわけだな。」
青木先生「あん?バカ野郎、一度や二度の失敗で負け組扱いされてたまるかよ。俺にだってお前、いずれ第三第四の嫁が…」
“四天王”か何かか。

 

9
その後もなんだかんだ青木の話は続き、いかに恋愛が人生にとって大事かと説かれた。言い方が悪いため納得はしづらいが、一応言ってることは的を射ているように聞こえる。確かに、他の何がどうなろうと、望んだ相手と結ばれれば勝ち組という理論はわからんでもない。
青木先生「つーわけで、だ。この学園は授業で“恋愛”を学んでいくことになるわけよ。座学もあれば実習もあるぞー。」
モテ王「実習…先生ー!そ、それはアレですか!?じじじ実際に誰かと恋愛しちゃって、その、僕のアレが」
青木先生「わかったから黙れモテ王、それがテメェのためだ。」
チョコ(でも実際何やるんだろねー。恋愛って答え一つじゃないじゃん?)
翔太(宿題でギャルゲーやらせるとか言ってたしな…とにかくいろんなパターン叩き込む感じじゃね?あらゆる相手に対処できるようにする的な意味で。)
チョコ(いや、モテない男向けのゲームから何を学ぶのアンタ?)
翔太(むしろお前が学ぶんじゃね?モテない男が望む女性像が、そこにあるんだ。)
チョコ(いーらーねぇーーー…。)
青木先生「なお、周知の通りここは全寮制…荷物はもう届いてるはずだ。今日からテメェらは私生活も込みで学園の監視下に置かれることになる。せいぜい退学になんねぇように、注意するんだなぁ。」
モテ王あたりがヤバい。

 

10
そして放課後(初日なのでまだ昼)、俺は学生寮の前にいた。男子寮の名前は『モンタギュー寮』、女子の方は『キャピュレット寮』。全校生徒約1200人を収容するだけあって、それなりの規模となっている。男女それぞれA〜E棟まで計10棟あり、部屋は基本4人部屋らしいので、1棟に120人が入る計算となる。プラス共同館とか他にも色々もあるらしい。言わば毎日が修学旅行状態…これはなかなかに荒れそうだ。とりあえず、まずはどんなルームメイトを引くかがかなり重要となるだろう。
〜モンタギュー寮:E棟〜
翔太「ふむ、ここがE棟か…。なんか他の棟よりボロい気がするのは気のせいか?」
老婆「おやおや…なんだいお前さん、ここに入寮すんのかい?」
翔太「ん?そうだけどアンタは…寮に巣食う何か?」
老婆「誰が妖怪の類か!ちゃうわい寮母だよ寮母!まったく…やっぱりこの棟に来るだけあるねぇ。」
翔太「フッ、オイオイ待ってくれよ。まさかAからEまで序列があって、E棟には問題児が集まるとかいう例のよくあるパターンじゃないよな?」
寮母「…玄関はあっちだよ。」
翔太「ちょっ、オイ待てババア!!」
ルームメイトどころじゃない。

 


次へ