【4匹の子猫の物語】

それは、遠い遠い国の、ある冬の街の物語。


街の外れの、崩れかけた廃屋の隅に、4匹の子猫の兄弟が住んでいました。
長男の「ケンジ」は、少し気は弱いけれど真面目なしっかり者。長女の「トウコ」は、少しおてんばが過ぎるほど明るく元気。次女の「ヒメ」は、姉に似ずマイペースでおっとりとした女の子で、そして末っ子の「ユーシャ」は、「残酷」と「慈愛」を足して、そのまま「慈愛」を引いたような残酷な子供でした。

4匹には、お父さんはいませんでした。お母さんもいませんでした。4匹は4匹だけで、兄弟いつも一緒に仲良く暮らしていました。食べ物は無くて、お腹はすいて、寒くて、辛くて辛くて、泣きたい時もたくさんありましたが、それでも4匹は幸せでした。

でもその幸せも、長くは続きませんでした。




それは、とてもとても寒く、お月様も凍えて雲を着込むような、ある冬の夜の物語。




その夜は、その冬の中でもとびきり寒く、吐き出す声すら凍ってしまいそうな、そんな夜でした。4匹の兄弟は、冷たい風に晒されないように、降り積もる雪に埋もれないように、崩れかけた廃屋の片隅で、ぴったりと体を寄せ合って震えていました。

グゥ〜。

吹きすさぶ風雪の声がふいにやんだその時、誰のものともつかない、空腹の音色が聞こえました。するとそれをきっかけにしてか、その音色は一つ増え二つ増え、その悲しい四重奏は、無機質な廃屋の壁に鈍く響きはじめたのでした。
そんな時、次女のヒメが言いました。
「あ〜、今夜も「グゥちゃん」は元気だね。」
長男のケンジは言いました。
「ごめんねヒメ。でももう食べ物は無いんだよ。今夜は外に出られそうにもないし…。」
長女のトウコは言いました。
「き、気にしないでお兄ちゃん!明日晴れたら探せばいいよ!ね?」
末っ子のユーシャは言いました。
「いいわけない。」

血も涙も無い弟の一言に圧され、兄のケンジは食糧を探しに出ることになりました。
「僕が戻るまで、決してここを離れちゃだめだよ?いいねみんな?」
そう言うとケンジは、拾ったボロボロの手拭いで作ったコートを身に纏い、誰かに止めてほしそうに何度も振り返りながら廃屋を後にしました。

誰も止めませんでした。


ケンジが家を出てから、三時間ほど経ちました。ですが、一向に帰ってくる気配がありません。3匹はそんな兄が心配でしたが、それよりも空腹に耐えかねていました。

グゥ〜 グゥ〜 ググゥ〜。

お腹の音で相談するのにもいい加減飽きてきた頃、長女のトウコが言いました。
「よ、よーし!じゃああたしも行ってくるよ!だからもうちょっとだけ我慢しててね!」
次女のヒメは言いました。
「わかったよ。我慢して待ってるねお姉ちゃん。」
末っ子のユーシャは言いました。
「待ってるぞ、晩御飯。」

正直な弟の一言に送られ、姉のトウコもまた食糧を探しに出ることになりました。
「あたしが戻るまで、絶対ここを離れちゃだめだよ?わかったみんな?」
そう言うとトウコは、拾ったボロボロの短パンで作ったコートを身に纏い、本当は誰かに止めてほしかったと言いたげに何度も何度も振り返りながら廃屋を後にしました。

誰も見ていませんでした。


トウコが家を出たちょうどその頃。兄のケンジは物言わぬはずの吹雪に、冥土の土産を聞かされている真っ最中でした。体は冷え切り、もはや一歩も動く力の無くなってしまったケンジ。目は霞み、ぼやける視界のその先の景色は、夜と雪の混じったまだら白い黒から、どこからか光の射した、真っ白な世界へと変わりはじめたのでした。

「ごめんね、みんな…。お兄ちゃん…もう…駄目みたいだよ…。」

その時ふいに、ケンジに吹き付ける風が少しだけ弱まりました。ケンジは閉じかけた重いまぶたを無理矢理押し上げ、風を遮るそのものに目を向けました。
するとそこには、薄暗い外套に身を包んだ、怪しげな人間の男が立っていたのです。
「あ、貴方は…どちら様ですか…?」
雪の積もる音にすらかき消されそうな、そんな小さな搾り出した声で、ケンジは尋ねました。すると男は、薄っすら笑みを浮かべながらこう答えたのです。
「私は闇の魔法使い。人は私のことを、「死神」と呼びます。」

「し…死神さん…ですか…。」
普段ならにわかには信じられない話でしたが、今のケンジにとってはむしろ、最も納得のいく存在に思えました。普通の人間だったら、こんな夜に外に出るはずがない。その日の雪はそれほどに、世界を制する雪でした。

死神と名乗る魔法使いの男は、ケンジに向かって手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱えました。するとケンジの体はみるみる温まり、なんと家を出たときよりも体力が回復したのです。そんな状況に驚くケンジに、死神は穏やかに語りかけました。
「君のことはよく知っていますよケンジ君。妹弟思いの、良いお兄さんですね。」
「あ、貴方は…一体…?」
「私は闇の魔法使い。そんな優しい君の願いを、一つだけ叶えるために来ました。」

まだ状況を理解しきれていないケンジをよそに、男は続けました。
「君が願いを叶えるためには、三つの選択肢があります。一つ、その命を私に捧げること。そうすれば願いはすぐに叶えられます。二つ、辛い試練に挑み、それを乗り越えること。そうすれば願いは三日後に叶えられます。そして最後の三つ目、それは私を殺すこと。それができたなら、君はこの魔法の杖を得るでしょう。」

ケンジは悩みました。
「あぁ、もちろんですが、何も願わないという選択肢もありですからね。」
男は思い出したように付け加えました。
「…いえ、お願いします。この寒さじゃ、僕には食べ物を探せる自信はありません。今夜はいつもよりも、ずっとずっと寒いです。もしもこのまま何も食べさせてあげられなかったら、あの子達は寒さに負けて、もしかしたら死んでしまうかもしれない…。」
兄らしい台詞とは対照的に、ケンジはボロボロに泣きじゃくりながらそう答えました。
「その願いが、君の命を奪うとしても…ですか?」
ケンジは目を閉じ、ボロボロのグショグショに泣きじゃくりながら言いました。
「はい、構いません。僕はみんなの笑顔が好きでした。それが残せるのなら僕は…この命、捧げます。決心が鈍るんでもう聞かないでください…。」

「そうですか…。」
そう言うと男は、ケンジに向かって手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱えました。するとケンジの中から淡い光を放つ小さな塊が浮かび出て、男が開いた掌を閉じると、それはパチンと弾けて消えました。

それきりケンジは、二度と動くことはありませんでした。


ケンジが天へと旅立ったちょうどその頃、街の外れの崩れかけた廃屋では、ヒメとユーシャが驚きのあまり固まっていました。なぜなら突然、焼きたてのパンと温かなスープが目の前に現れたからです。

2匹はしばらくそれをただただ眺めていましたが、ふと我に返ると、弾けたように飛びかかり、パンとスープをむさぼり食いました。ケンジの分は残しませんでした。トウコの分も残しませんでした。おかげでヒメとユーシャはすっかり満腹になったのでした。

空腹が満たされた2匹は、誘われるようにそのまま、深い眠りへと落ちていきました。


その頃、ケンジに次いで食糧を探しに出た長女のトウコは、さらに強まった吹雪に早くも参り、道の端でぐったりとプルプル震えていました。空腹のせいもあり体力ももう限界で、もはや一歩も動く力は無く、お気に入りの緑のバンダナがほどけかけていても、それを結び直す気力すらありませんでした。

「ごめんね、みんな…。お姉ちゃん…もう…駄目みたい…。」

その時ふいに、トウコに吹き付ける風が少しだけ弱まりました。トウコは閉じかけた重いまぶたを無理矢理押し上げ、風を遮るそのものに目を向けました。
するとそこには、薄暗い外套に身を包んだ、怪しげな人間の男が立っていたのです。
「あ、あんたは…誰…?」
そんなトウコの問いに、男は静かに答えました。
「私は闇の魔法使い。妹弟思いな君の願いを、一つだけ叶えるために来ました。」


ヒュウウウウウウ…!
夜も更け深夜。吹き付ける風はさらに激しく、木々を揺らしはじめました。
「さあ、どうしますか?」
魔法の説明を受けたトウコは、悩みました。
「あぁ、もちろんですが、何も願わないという選択肢もありですからね。」
男は思い出したように付け加えました。
「…ううん、するよお願い。今日のご飯はきっとお兄ちゃんがなんとかしてくれると思うけど、三日後にはまた…ううん、もしかしたら今日よりもっと寒くって、もしも何も食べさせてあげられなかったら、あの子達は寒さに負けて、死んじゃうかもしんないし…。」
姉らしい台詞とは対照的に、トウコはボロボロに泣きじゃくりながらそう答えました。
「その願いが、君に辛い辛い試練を課すとしても…ですか?」
トウコは目を閉じ、ボロボロのグショグショに泣きじゃくりながら言いました。
「うん。あたしはみんなの笑顔が好きだった。それが残せるんならあたしは…受けるよ、試練。決心が鈍るからもう聞かないで…。」

「そうですか…。」
そう言うと男は、トウコに向かって手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱えました。するとトウコを中心に漆黒の影が円状に広がり、男が閉じた拳を開くと、それはパチンと弾けて穴に変わりました。

驚く間も無くトウコは、そのまま暗く深い穴の中へと落ちていったのです。


眠ってしまって数時間。ユーシャはあまりの寒さに目が覚めてしまいました。パンとスープでお腹は膨らみましたが、この寒さだけはどうにもなりません。ユーシャは体温を分けてもらおうと、隣で寝ているヒメにもっと大胆に寄り添いました。

でもその願いは、叶わぬ願いでした。なぜなら温もりを分けてくれるはずの姉は、もうすっかり、冷たくなってしまっていたのです。ただでさえ、毎晩4匹で身を寄せ合い、なんとか耐えていた冬の夜。その中でも最も寒いこの夜に、二つの温もりを失うということは、それほど厳しいことでした。

ユーシャは泣きませんでした。他の兄姉よりも歳が近く、最も気を許せた大好きな姉との突然の別れ。ですがユーシャは泣きませんでした。彼はしばらくその場にうずくまり、二度と動かぬ姉をただ呆然と眺めていました。

そしてしばらくが過ぎた頃、死んだ魚のような目をしながらヨロヨロと起き上がったユーシャは、廃屋の外の、晴れた日にはよく陽のあたる花壇の隅に小さなお墓を作り、拾ったボロボロのブリーフで作ったドレスで包んだヒメを埋めました。


やっとお墓が完成した頃には、空は薄っすらと白みはじめていました。あれほど酷かった吹雪は見る影もなくおさまり、しばらくすると五日ぶりの太陽が山間から颯爽と登場しました。

初めて迎える一人の朝。陽に照らされた墓を眺めながら、ユーシャはケンジとトウコまでもがもう戻らないような、そんな悲しい予感がしていました。ユーシャは生まれて初めて、孤独というものを感じたのでした。


遅すぎた太陽の下、降り積もりすぎた雪の上を、思い出のできすぎた廃屋に別れを告げたユーシャは、トボトボとあてもなく歩いていました。すると道の片隅の、積もった雪の隙間から、小さな猫の尾が出ているのを見つけたのです。いつも自分が寝る時に、首に巻いて眠っていたものと、同じ匂いがしました。

ユーシャは泣きませんでした。いつもみんなを気に掛けて、いつも優しかった大好きな兄との突然の別れ。ですがユーシャは泣きませんでした。彼はしばらくその場にうずくまり、動かぬその尾をただ呆然と眺めていました。


数時間が経ち、力なく起き上がったユーシャは、またトボトボとあてもなく歩きはじめました。すると道の片隅の、枯れた街路樹の小枝に絡まった、くすんだ緑のバンダナを見つけたのです。いつも自分が寝る時に、お腹に巻いて眠っていたものと、同じ匂いがしました。

ユーシャは泣きませんでした。誰よりも明るく、いつもみんなを元気づけてくれた大好きな姉との突然の別れ。ですがユーシャは泣きませんでした。彼はしばらくその場にうずくまり、風にはためくバンダナをただ呆然と眺めていました。

そしてそのまま、静かに目を閉じたのです。


「寝たら死ぬか…。だがもう、それもいいかもな…。」


その時ふいに、ユーシャを照らす陽の光が黒い影に遮られました。ユーシャは閉じかけた重いまぶたを無理矢理押し上げ、光を遮るそのものに目を向けました。
するとそこには、薄暗い外套に身を包んだ、怪しげな人間の男が立っていたのです。
「貴様は…誰だ…?」
そんなユーシャの問いに、男は静かに答えました。
「私は闇の魔法使い。全てを失くした君の願いを、一つだけ叶えるために来ました。」

明らかに胡散臭いものを見る目をしたユーシャをよそに、男は続けました。
「君が願いを叶えるためには、三つの選択肢があります。一つ、その命を私に捧げること。そうすれば願いはすぐに叶えられます。二つ、辛い試練に挑み、それを乗り越えること。そうすれば願いは三日後に叶えられます。そして最後の三つ目、それは私を殺すこと。それができたなら、君はこの魔法の杖を得るでしょう。」

ユーシャは悩むことなく即答しました。
「貴様を殺して杖を奪う!」
「あぁ、もちろんですが、何も願わな…あれ?」
男は予想外の反応に驚きました。
「魔法なんぞ信じ難いが、少しでも望みがあるならやってやる。だが三日も待てん。今すぐにまた、みんな揃って、そして幸せに暮らすんだ!だから俺も死ぬわけにはいかん!貴様を殺して、魔法を奪う!」
ユーシャは疲れきった体をなんとか奮い立たせ、死神の魔法使いを睨みつけました。
「ほぉ…そんな小さな体で、この私に勝てるとでも…?」
そう言うと男は、ユーシャに向かって手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱えました。ユーシャはほとばしる光をかいくぐるように、男の胸元に飛びかかりました。


やっと昇った太陽でしたが、足早に西の空へと駆け抜けようとしていました。
そんな、薄紅色に染まった雪の大地を、ユーシャはフラフラと歩いていました。ポタポタ、ポタポタと、真紅の血を滴らせながら、ユーシャはフラフラと歩いていました。

辿り着いたのは、消え行く太陽を明日へと見送ることができる、海に面した小高い丘でした。特に目指したわけでもなく、気づけばそこにいたのです。残り少ない力を振り絞り、ユーシャは丘の先端まで這っていきました。

「ごめんな、みんな…。俺…駄目な弟だったよ…。」

力なくそう呟くと、ユーシャは初めて泣きました。震える体をさらに震わせて、ユーシャは泣きました。そうして最期の力を使い果たすと、その体はふわりと揺らぎ、遙か断崖の下、荒れ狂う真冬の海へと落ちていったのです。

海は一瞬真っ赤に染まり、そして、夜が訪れたのでした。





それは、寒い寒い冬の街で起きた、ある奇跡の物語。





その夜――――

街の外れの、崩れかけた廃屋の前の、晴れた日にはよく陽のあたる花壇の隅の小さなお墓の前に、薄暗い外套に身を包んだ、怪しげな人間の男が立っていました。

「ふふ…。かすり傷とはいえ、まさかこの私に傷を負わせるとは…ねぇ。」
そう言うと男は、花壇に向かって手をかざし、なにやら呪文のようなものを唱えました。すると土の中からいくつもの緑の芽が吹き出し、次々に花を咲かせはじめたのです。それは寒い冬には決して見ることのできない、春の野に咲く花でした。


不思議なことに、その夜以来、その街に冷たい雪が降ることはありませんでした。
寒い寒い冬の街は、暖かな春の街へとその姿を変えたのです。

これでもう二度と、小さな命が理不尽に、寒さに奪われることは無いでしょう。





今ごろ

遠い遠い空の上

仲良し子猫の兄弟は

今日も変わらず仲良しこよし

楽しく暮らしているのでしょうか


いつも一緒に4匹は

幸せに 暮らせているのでしょうか






タタッ タタタッ タタタッ…!







いいえ どうやらそれは



もう少しだけ





先のお話のようです









「たっだいまー!遅くなっちゃったけど ご飯…って、あ゛れっ!?」

fin